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1986年の流行語

1986年の流行語と歴史についてお話したいと思う。

この年、流行語は第3回を迎えた。昭和61年の年である。

1986年、新語部門、金賞は究極。
この言葉は当時でも新語ではなかった。
しかし、究極が選ばれた理由は、あらゆる料理に究極を求めるグルメブームにあった。
他に、究極の温泉などと言った言葉で使われ、この言葉が、マニアックな日本人を表現するピッタリの言葉として流行したのである。

1986年、新語部門、銀賞は激辛。
この言葉は、グルメ時代の幕開けを特徴づけた新しい言葉となった。
韓国、東南アジア、中南米などのエスニック料理、そしてカレー業界やラーメン業界をも巻き込んだ、激辛の時代が始まりた。

1986年、新語部門、銅賞はファミコン。
まだこの時代でも、一家に1台、ゲームがある時代ではなく、テレビゲームがある家に、友達が集まったものだ。
ファミリー・コンピュータは、革命的な新商品として、爆発したゲームである。通称、ファミコンと呼ばれた。今でもたまに昔のゲームをしたくなる。

1986年、新語部門、表現賞は川の手、アークヒルズ、そして家庭内離婚である。
家庭内離婚は、現代、日常的にこんな言葉が使われているが、当時は、世の中にショックを与えた言葉になる。
流行と時代を感じますね。

1986年、流行語部門、金賞は新人類。
1986年、流行語部門、銀賞は知的水準。
1986年、流行語部門、銅賞は「亭主元気で留守がいい」

「亭主元気で留守がいい」の言葉は、テレビCMから生まれたフレーズである。
この年、1番人気のCMとなり、世間を賑わせた。時代が変わっても、現代にもこの言葉が通用する気がする。

1986年、流行語部門、大衆賞はおニャン子。
おニャン子クラブは、フジテレビで放映されたバラエティー番組だった。
出演者のほとんどが素人の女子高生。おニャン子は番組開始以来、信じられないほど増大した。今でも芸能界で活躍している人がたくさんいますね。

1986年、流行語部門、大衆賞は「プッツン」
この言葉は、コメディアン、片岡鶴太郎が飛ばしたギャグから生まれた。当たり前のように使われているが、今この言葉を連発すると、死語なのかもしれない。

1986年流行語部門、特別賞は「やるしかない」
土井たか子さんが政界で発言した言葉である。

1986年、流行語部門、特別賞は150円台。
1986年、流行語部門、語録賞は「バクハツだ!」「なんだかわからない」
1986年、流行語部門、不快語追放応援賞は、地揚げ、底地買い。

今でも使われている言葉と、よくわからない言葉が入り混じった1986年ですね。

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